東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)6号・昭55年(行ケ)293号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて検討する。
1 成立について争いのない甲第三号証の三によれば、本願発明は、ホウ素化合物の存在下に飽和炭化水素を酸化する際に使用するプラントの各装置の表面に反応の結果生じた堆積物を、右酸化反応の実施中、時宜に応じ、いわゆる事後的に、経済的簡便な方法で除去することを目的とするものであり、その目的達成のため、連続的に作業しているプラント中の液体処理流と接触している各装置を、高温で酸素を遮断し(甲第三号証の三、第三頁第一七行ないし第二〇行、第一一頁第一四行ないし第二〇行)、すなわち、高温且つ分子状酸素の非存在下で、液体処理流に接触している装置全体の表面に生成したホウ素物質と樹脂物質とを含む固体堆積物と、可溶性ホウ酸エステルを生成するアルコールとを、該堆積物が除去されるのに十分な間接触させる構成を具えている。
これに対し、成立について争いのない甲第二号証によると、引用例の技術は、本願発明と同様な液状炭化水素とホウ酸との混合物を原料として用い、炭化水素を液相で部分酸化する方法において、気化器表面にホウ素化合物の沈澱が生じないよう事前的な予防の手段をとることを目的とし、その目的達成のため、炭化水素の酸化中に気化器の表面に接触する液状炭化水素とホウ酸との混合物中にあらかじめアルコールを加える構成をとつている。
右各認定事実によれば、本願発明と引用例の技術とは、その目的を異にし、また前者が炭化水素の酸化反応を停止する「分子状酸素の非存在下で」行うのに対し、後者が炭化水素の酸化反応を連続せしめ、これを停止しないで行う点で、その構成を本質的に異にすることが認められる。
被告は、引用例においても、沈澱が析出した後にそれを除去するためにアルコールを導入してプラントが閉塞しないようにする、いわゆる事後的処理の技術も開示されていると主張して、次の記載を指摘する。
(イ) なお、このアルコールは表面を通る混合物中に含めることが出来るが、あるいは混合物が表面と接するときに連続的もしくは時々(若干の沈澱が生じたのちでさえもその沈澱物を溶解するために)その混合物に加えるようにしてもよい。(甲第二号証第一頁右欄第二〇行ないし第二四行)
(ロ) シクロヘキサノールは塔系(tower system)に供給されるシクロヘキサン中に含まれ、所望ならば管29aを経て加えることも出来る。アルコールは気化器に供給される混合物中に存在するが、また気化器に加えることも出来る(気化器の汚染後)。(同第三頁左欄末行ないし右欄第五行)
(ハ) 別法としては、若干の沈澱物が形成(ただし流れを閉塞してしまう程のものではない)された後であつても、適宜充分なアルコールを(気化器に)加えて沈澱物を取除きプラント閉塞の要なきに至らしめることができる。(同第四頁左欄第一四行ないし第一八行)
しかしながら、前掲甲第二号証によれば、右各記載は、炭化水素とホウ酸との混合物にアルコールを加えるものであり、その場所は混合物が気化器に導入される前でもよく、気化器に加えてもよい、また、アルコールを連続的に加えてもよく、間欠的に加えてもよい、しかも間欠的に加えるときには気化器の表面に若干の沈澱が生じた後であつても気化器の表面が沈澱のない状態に保たれるならば構わないことを意味するものであり、本願発明のように、炭化水素の酸化反応を中断せしめて装置内をアルコールによつて洗浄する構成を開示するものでも、そのような意味での事後的処理の目的を示すものでもない。
また、被告は引用例でも、高温下でのアルコールとの処理を非酸化条件で行うことが、その第三頁左欄第三〇行ないし第三五行、第二頁左欄第一ないし第八行、第二頁右欄第一〇行ないし第二〇行、第五頁左欄第二六行ないし第四一行に明らかに記載されているから、この点で本願発明と相違しない旨主張する。
なるほど、引用例中の被告指摘の箇所にはいずれも「非酸化条件下で」あるいは「非酸化条件の下」と記載されており、これらはいずれも炭化水素とホウ素物質との混合物を気化器中で加熱する際に該混合物中にアルコールを存在させること、この加熱はほとんど分子状酸素の存在しない雰囲気中すなわち非酸化条件下で行われることを述べているものと認められるが、そうであるからといつて、プラント中の液体処理流と接触している各装置への酸素の供給を遮断して、高温下で固体堆積物の除去を行う本願発明と、気化器に酸素が存在しない状態で、その気化器表面にホウ素化合物の沈澱が生じないようにする引用例の技術とが同一であるとすることはできない。
2 前認定のとおり本願発明はホウ素物質と樹脂物質とを含む固体堆積物を液体処理流と接触している装置から除去することを目的とするものであるところ、引用例は、これら固体堆積物から樹脂物質を除く技術については何ら示唆するところがない。審決は、本願発明における樹脂物質はホウ素化合物を含有するから、引用例にアルコールによつてホウ素物質の沈澱が溶解されることが開示されている以上、樹脂物質を除去する効果は予測できる旨述べているが、ホウ素物質の沈澱が溶解除去されるからといつて、樹脂物質も同様アルコールによつて除去されるとする根拠は何もない。
したがつて、炭化水素酸化の過程から生ずる樹脂物質の除去について何ら示唆するところのない引用例の記載から、本願発明は当業者が容易に推考し得たものとする審決の結論は誤つているものといわなければならない。
三 よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとする。
〔編註〕 本願発明に関する事項は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
脱退前原告は、昭和四五年三月二〇日名称を「ホウ素化合物の存在下飽和炭化水素の酸化に使用する装置類の清浄法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、一九六九年三月二〇日ドイツ連邦共和国にした特許出願に基づく優先権を主張して、特許出願(昭和四五年特許出願第二三二二七号)をしたところ、昭和四七年一二月六日拒絶査定を受けたので、昭和四八年四月一三日、審判を請求し昭和四八年審判第二三七九号として審理されたが、昭和五三年九月六日、「本件審判の請求は成立たない。」との審決があり、その謄本は同年九月二〇日、脱退前原告に送達された。なお、出訴期間として三か月が附加された。
その後参加人は、昭和五五年八月一三日脱退前原告から本願発明に関する特許を受ける権利を譲り受け、昭和五五年九月八日特許出願人名義変更届をした。
二 本願発明の要旨
飽和炭化水素を液相中、ホウ素化合物の存在下、分子状酸素で酸化して反応混合物を含むホウ酸エステルを製造する際に、ホウ素物質と樹脂物質とを含む固体堆積物が液体処理流に接触している装置表面上に生成する方法において、高温且つ分子状酸素の非存在下で、前記固体堆積物と可溶性ホウ酸エステルを生成するアルコールとを、該堆積物が除去されるのに十分な間、接触させることを特徴とする、装置表面から固体堆積物を除去する方法。